AP/JP4000 6.0
DLLL, York University
Reading & Writing: Contribution

「ハバナで出会った旅行者の若者達」(寄稿文)
昨年、「異文化間コミュニケーションを超えた人間関係」という題で町田ゼミの皆さんにお話をしたところ、参加者全員から心温まる寄せ書きをいただき、非常 にうれしかったと同時に、若い人達が、まだ何かを求めているのだなと安心もしました。実は、町田先生から皆さんに四十年も前の自分の恋愛の経験を話すよう依頼を受けた時は、年配者の恋愛経験など馬鹿にされて聞いてもらえないのではないかとお答えすると、異文化の恋愛経験をたくさん持っている人は他に知らないから、とたってのお勧めがあったので、お引き受けした次第ですが、皆さんからの反応の中で、共通していたのは、自分は「コミット」することを忘れていたということでした。
私 は、今この文章をハバナ大学の客員用宿舎で書いています。ここの日本語科の教員のための四週間の教授法のセミナーも二週目が終わり、一息ついているところ ですが、こちらに着いてから十日ほど、インターネットとメールの接続が出来ず、世界から取り残されたような気がしました。知っているつもりではいたもの の、自分の生活が如何にインターネットに依存しているかを痛感させられました。スペイン語がほとんど出来ないことも孤立感の原因の一つでした。ハバナには英語が話せる人はまだほとんどいないので、欲求不満になりがちですが、毎日、両側に世界中の大使館が並んでいる目抜き通りの五番街を五、六キロ歩いて、何とか健康と精神衛生維持に努めています。
先日、帰路、海岸の方を回ると、英語を話している若い男性二人が写真を撮り合っ ていたので、一緒に撮って上げようかと声をかけると、お願いしますということで、知り合いになりました。スロバキアから観光で来ているマヨとピーターとい う二十一歳の若者達でした。二人とも英語がかなり話せるので、どこで勉強したのか聞くと、高校で勉強しただけだとのこと。英語の会話はテレビのシチュエー ショナル・コメディー(sit-com)から学んだそうです。ピーターのおじいさんが昔スロバキアのキューバ大使だった関係で、スロバキア大使館に泊めて もらっていると言っていましたが、同世代の日本人の中に外国人とこれほどコミュニカティブに、特に「おじさん」と、英語で話が出来る人がどれほどいるで しょうか。「世代を超えて」、結構意気投合して(こちらの片思いだったかもしれませんが)、どこかに飲みに行こうということになりましたが、その辺りは、大使館街で、飲み屋など見当たらないので、「我が家」に招待しました。前にビールを二ダース買ってありましたから、三時間か四時間、飲みながら政治談議や恋愛談義を楽しみました。後で冷蔵庫を見ると、ビールが二しか残っていなかったので、一人六・七本は飲んだ勘定になり、まさに鯨飲でしたが、彼らと話したお蔭で大分気分転換になりました。マヨは恋人がいるが、まだ結婚する気はないと言い、ピーターはあんないいガールフレンドはなかなかいないから早く結婚すればいいんだと批判的でした。どこの国でも、若者達がなかなか結婚に踏み切れないというのが実情のようです。こちらも飲み過ぎて、次の日の授業は少々きつかったのですが、楽しい異文化交流でした。昔メルボルンのモナシュ大学で教えたルーディー・ヴァレントというスロバキア人の優秀で非常に好感の持てる学生の姿が彼らに重なったのかもしれません。
二、三日前は、近くを流れているアリメンダレス河畔で貸しボートを漕いでいる人達を眺めて いると、隣のベンチにカップルが来て座り、旅行者用ガイドブックのようなものを見ていたので、観光客かと聞くと、そうだと言うので、どこから来たのか聞く と、トロントという返事で、またまた話に花が咲きました。三十九歳のジェイソンとそのガールフレンドのドイツからカナダに来ているフランチェスカ(二十九 歳)でした。彼女は三週間ぐらいの集中スペイン語コースを取るためにハバナに来ていて、ジェイソンは休暇を取って彼女に会いに来たばかりとのこと。私の家内の名前もフランセスなので、奇遇だねということになって、フランチェスカがスペイン語のクラスに出かけた後も、ジェイソンを行きつけのクラブに誘い、またビールを飲みながら、歓談。彼がIT関係の仕事をしているので、ますます話が弾みました。彼もフランチェスカと結婚したいと思っているが、彼女はまだ若く、ドイツに戻って色々な経験をしたいと言っているので、強制したくないし、自分も家族を持ちたいかどうか確信が持てないと言うのです。やっぱりお互いのコミットメントの問題だなと感じましたが、タイミングということもあるよと、自分の経験を話すと、彼の考えも色々話してくれました。三時間ほどおしゃべりをしましたが、お手洗いから帰って来るとすでに支払いが済んでいて、なかなか気の利く面白い青年でした。トロントに戻ってからまた会うことを約して別れましたが、彼らがこれからどうするかに興味もあります。最近の男性から受ける印象は、女性に振り回されている嫌いがあることで、どこでも女性の方が主導権握っているようです。男性諸君頑張ろうと言っても、掛け声倒れになってしまいそうです。
キューバ人の若者達とは、残念ながら、まだこういう話は出来ませんが、一般的に、男性が女性に対して非常にに興味を示すこと、女性の方もかなり挑発的な衣服・態度の人が多いことが目立ちます。もちろんそうではない人も多いのですが、私が通っている外国学部は、やはり女子学生が多く、ミニ・ドレスやミニ・スカートなど、目のやり場に困る光景にぶつかることが多々あります。先日散歩中に出会ったインドネシア大使館員夫婦は、ハバナに十三年もいるそうですが、旦那の 「一人で来ているなら危ないよ」という言葉は、彼の経験から出ているような気がしました。若く独身で留学生か何かでキューバに来ていたら、あっという間に 結婚相手を見つけていただろうなと、そのスリルが味わえないことにちょっぴり残念さを感じると同時に、キューバの人にそんな甘ったれたロマンチシズムは通用しないなと自戒もしている昨今です。一般論を許してもらえるなら、キューバの女性は「体を張って」自己主張していると言っても過言ではないかもしれません。ですから、ぬるま湯社会ひ弱に育った男性などは一ころでしょう。同じ環境で育った日本の女性にも彼女達の独立心と「したたかさ」を身に付けてもらいたいと思います。
因みに、キューバのスペイン語で「助平爺さん」は「緑の老人」です。年をとってもまだ若いと思っているという揶揄が入っています。日本語より楽しいし、きれいですね。 終わりに卒業生の皆さんのこれからの異文化交流に遠くキューバからエールを送ります。
追記 この記事を書き上げた直後、キューバ人の友人夫婦が連れて行ってくれた政府経営の家族的な音楽クラブで、そこに来ていた一番素敵なキューバ人の妙齢の女性が私とだけ何回も踊りに付き合ってくれました。自己紹介をすると向こうも名前と電話番号をくれました。キューバ人はほとんど踊っていなかったので、 唯一の日本人の「緑の老人」の面目躍如? キューバ人のおじさんから頼まれて一緒に記念写真を撮ったほどです。 (2009年2月28 日記 ハバナにて)

© Norio Ota 2009
ヨーク大学日本語・韓国語科 太田徳夫