ヨーク大学日本語科二学年読 解・会話教材

AS/JP2000  6.0 Reading Comprehension and Dialogue

Lesson 34: Touche 1

第34課「一本取られた(その 一)」


「読解」 Reading Comprehension

ある日のこと、香港から来ている中国人の彼女喫茶店でコーヒーを飲んでいると、ぐらっと来た。かなり大きい地震である。私は、とっさに「家の母親大丈夫かな、電話してみようかな」と言ったが、地震はしばらくしておさまったので、そのままにした。すると、彼女の機嫌がひどく悪いのである。「どうしたの」と聞くと、「私は、こんな時に親に電話一本もかけられない人は嫌い」と言われたのである。まさに一本取られた。と同時に、面白い怒り方ををするなと感心させられた。そして彼女は真剣であった。これは、大分後になって、カナダで分かったことであるが、中国人の親に対する考え方は日本人のそれとかなり違うがある。中国人にも日本人にも未だに儒教思想残っている。例えばである。ところが、孝のような一見分かりきった価値観にも微妙な違いがあるのである。中国人の学生と日本人の学生に、「親がひどい親で、皆さんの面倒をぜんぜん見なかったとしたら、面倒を見たりするか」という問いに対して、日本人の学生は、見る必要はない、見ないという答えであったのに対して、中国人の学生は、面倒を見なければならない、見るという回答であった。当時私は、これが分かっていなかった。そして、これが後で命取りになるとは予想がつかなかった。ステレオタイプ化許してもらえれば、私が知っている範囲で、中国人は、機嫌が良くなったり悪くなったりの変化激しい教えていたニュージャージーのシートンホール大学の中国人の秘書は、五分おきぐらいにムードが変わっていたように思う。しかも不機嫌さをほとんど隠さない。地震騒ぎのあった日も、後で機嫌が悪く、喧嘩別れをしたように記憶している。確か道で泣き出されて、もう勝手にしろで、彼女を放っておいて、家に帰ってしまった。気が咎めて、次の日に早速彼女のに会いに行くと、しばらく待たされた後で、やっと出てきて、「あんなことをして、よくすぐ会いに来られるわ ね」と泣き腫らしたような目で言われた。それでも、謝ると、機嫌を直して、すぐ元に戻った

この彼女とは、二年半ぐらい付き合って結婚しようかと話していたほどなので、他にも思い出に残るいくつかのエピソードがある。デートの時は、たいてい私が払っていたが、時々こちらの懐がさびしい時は、気を利かせて、「今日は私が」とテーブルの下で、他の人に見えないようにお金を手渡してくれるのである。男の面子を気にしていた若い私には、これもまさに一本取られたであった。後で付き合った高給稼いでいる日本人女性が、自分でレジに行って払ってくれたのと比べると、この気配りは本当にうれしく、彼女にますます惚れさせられた。


「会話」Dialogue

[料理屋で]

メイホア:とてもおいしかったわ。おなかもすいていたけど。

民夫:    そうだね。この店初めてだけど、結構安くておいしいね。

メイホア:民夫さんと久しぶりに出てこられてうれしいわ。ねえ、今日は
          私が...(メイホアはテーブルの下で民夫にお金を渡す)

民夫:    えっ、いいの。

メイホア:いつも民夫さんに出させているから、たまには。

民夫:    じゃあ、ありがとう。このあとコーヒーで も飲みに行こうか。

メイホア:そうしましょう。

[喫茶店で]

民夫:    今週は忙しかったね。中間試験が四つもあったから、ずいぶん勉強
          させられたよ。

メイホア:そうね。私も試験もあったし、小論文も書かされたから、あまり
          寝るもなかったわ。

民夫:    一緒に図書館で勉強したから、も試験の準備ができて助かったよ。

メイホア: 民夫さんは家まで帰るのに時間がかかるから大変ね。

民夫:    うん、終電間に合わなくて、何回友達下宿転がり込んだよ。

メイホア:そんなに遅くまで付き合ってくれなくてもよかったのに。私は寮に
          帰るだけだから。

民夫:    でも、一緒にいるほうが楽しいからね。..あっ、地震だ。大きいな。

メイホア:きゃっ、怖い。すごくゆれるわ。大丈夫かしら。

民夫:    こんなにぐらぐらゆれる地震は久しぶりだよ。ちょっと危ないかな。
          もっとひどくなったら、テーブルの下に隠れ用意をしてね。

メイホア:でも、少しおさまってきたようね。

民夫:    うん、これは余震のようだね。もう大丈夫だと思うよ。お袋大丈夫
          だったかな。ちょっと電話してみようかな。

メイホア:そうしたら。

民夫:    まあ、大したことなかったから、大丈夫だろ。

メイホア:[怒った顔をしている]

民夫:    どうしたの。何を怒っているんだい。

メイホア:私、こんな時に親に電話一本かけられない人きらい。

民夫:    えっ、それで怒っているのかい。参ったな。

メイホア:だって、親は大切でしょう。心配だったら、電話ぐらいかければいい
          じゃない。

民夫:    そんなに突っかかれては、こっちもかなわないな。別に僕の親だから
          いいじゃないか。

メイホア:ずいぶんひどいのね。民夫さんがそんな人だとは思わなかった。

民夫:    何言ってんだよ。電話一本のことでそんなにむくれられては、かなわ
          ないよ。

メイホア:違うわ。これは大事なことだから、言っているのよ。ひどい。

民夫:    ちょっと、泣かなくたっていいじゃない。みんなに見られて格好悪いよ。
          女を 泣かせている男なんて。

メイホア:だってあなたが悪いんだから、しょうがないじゃない。

民夫:    そんなにいつまでもめそめそしているんだったら、もう帰っちゃうよ。

メイホア:そうすればいいじゃない。

民夫:    そうか。それなら、勝手にしろよ。

        [民夫は泣いているメイホアを置き去りにして帰ってしまう]


©Norio Ota  2008