枕草子(一)
清少納言
[一] 春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、
むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。
夏はよる。月の頃はさらなり。やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひ たる。また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮。夕日のさして山のはいとちかうなりたるに、からすのねどころへ行くとて、みつよつ、ふたつみつなどとびいそぐさへあはれなり。ま いて雁などのつらねたるが、いとちひさくみゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音むしのねなど、はたいふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいとしろきも、またさらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるもいとつきずきし。晝になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火もしろきが灰がちになりてわろし。
[二十五] すさまじきもの 晝ほゆる犬。春の網代。三四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼。ちご亡くなりたる産屋。火おこさぬ炭櫃、地火爐。博士のうちつづき女子生ませたる。方たがへにいきたるに、あるじせぬ所。まいて節分などはいとすさまじ。
人の國よりおこせたるふみの物なき。京のをもさこそ思ふらめ、され どそれはゆかしきことどもを書きあつめ、よにある事などをもきけばいとよし。人のもとにわざときよげに書きてやりつるふみの返りごと、いまはもてきぬらん かし、あやしゅうおそき、とまつほどに、ありつる文、立文をもむすびたるをも、いときたなげにとりなしふくだめて、上にひきたりつる墨などきえて、「おはしまさざりけり」もしは、「御物忌とてとりいれず」といひてもて歸りたる、いとわびしくすさまじ。
また、かならず來べき人のもとに車をやりてまつに、來る音すれば、さななりと人々いでて見るに、車宿にさらにひき入れて、轅ほうとうちおろすを、「いかにぞ」と問へば、「けふはほかへおはしますとてわたり給はず」などうちいひて、牛のかぎりひきいでて往ぬる。
また家のうちなる男君の來ずなりぬる、いとすさまじ。さるべき人の 宮づかへするがりやりて、はづかしとおもひゐたるもいとあいなし。ちごの乳母の、ただあからさまにとていでぬるほど、とかくなぐさめて、「とく來」といひやりたるに、「今宵はえまゐるまじ」とて返しおこせたるは、すさまじきのみならず、いとにくくわりなし。女むかふる男、まいていかならん。まつ人ある所に、夜すこしふけて、忍びやかに門たたけば、むねすこしつぶれて、人いだして問はするに、あらぬよしなき者の名のりしてきたるも、返す返すもすさまじといふはおろか なり。
驗者の物のけ調ずとて、いみじうしたりがほに獨鈷や數珠などをもたせ、せみの聲しぼりいだして誦みゐたれど、いささかさりげもなく、護法もつかねば、あつまりゐ念じたるに、男も女もあやしとおもふに、時のかはるまで誦みこうじて、「さらにつかず。立ちね」とて、數珠とり返して、「あな、いと驗なしや」とうちいひて、額よりかみざまにさくりあげ、あくびおのれうちしてよりふしぬる。いみじうねぶたしとおもふに、いとしもおぼえぬ人の、おしおこして せ めて物いふこそいみじうすさまじけれ。
除目に司得ぬ人の家。今年はかならずと聞きて、はやうありし者どものほかほかなりつる、田舎だちたる所に住むものどもなど、みなあつまりきて、出で入る車の轅もひまなく見え、物まうでする供に、我も我もとまゐりつかうまつり、ものくひ、酒のみ、ののしりあへるに、はつる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど耳立ててきけば、前驅おふこゑごゑなどして、上達部などみな出で給ひぬ。ものききに、宵よりさむがりわななきをりける下衆男、いと物うげにあゆみくるを、見る者どもはえ問ひにだにも問はず。外よりきたる者などぞ、「殿はなににかならせ給ひたる」などとふに、いらへには、「なにの前司にこそは」などぞかならずいらふる。まことにたのみけるものは、いとなげかしとおもへり。つとめてになりて、ひまなくおりつる者ど も、ひとりふたりすべりいでて往ぬ。ふるき者どもの、さもえいきはなるまじきは、來年の國々、手を折りてうちかぞへなどして、ゆるぎありきたるも、いとほしうすさ まじげなり。
よろしうよみたるとおもふ歌を人のもとにやりたるに、返しせぬ。懸想人はいかがせん、それだにをりをかしうなどある返事せぬは、心おとりす。またさわがしう時めきたる所に、うちふるめきたる人の、おの がつれづれといとまおほかるならひに、むかしおぼえてことなることなき歌よみておこせたる。物のをりの扇、いみじとおもひて、心ありと知りたる人にとらせたるに、その日になりて、思はずなる繪などかきて得たる。
産養、むまのはなむけなどの使に、祿とらせぬ。はかなき藥玉・卯槌などもてありく者などにも、なほかならずとらすべし。思ひかけぬことに得たるをば、いとかひありとおもふべし。これはかならずさる べき使と思ひ、心ときめきしていきたるは、ことにすさまじきぞかし。
婿取りして四五年まで産屋のさわぎせぬ所も、いとすさまじ。おとななる子どもあまた、ようせずは、孫などもはひありきぬべき人の親どち晝寝したる。かたはらなる子どもの心地にも、親の晝寝したるほどは、より所なくすさまじうぞあるかし。寝おきてあぶる湯は、はらだたしうさへぞおぼゆる。
十二月のつごもりのながあめ。「一日ばかりの艶i解齋」とやいふらん。